モチベーションは車のバッテリーと一緒で何もしなくても減っていくので定期的に充電しないとならない、でも走ってる と自動で充電される
– 引用β (via wideangle, okazu)2008-12-20(via rosarosa-over100notes) (via mcsgsym)(via tataraseitetsu) (via ms-bird) (via dontrblgme) (via dannnao) (via puupuu) (via monoprixgourmet) (via erewwa) (via suzukichiyo) (via kameyali) (via maitail) (via comicopera) (via tomo-himajin) (via glasslipids) (via mitukiii) (via yuku) Via SELECT * FROM life;特に“ハッカー”と呼ばれる最上級のプログラマは、技術者というよりも数学者か
アーティスト、あるいはプロのスポーツ選手に近い。素晴らしく効率が良く、美しい
コードを短い時間で書き上げる。彼らは凡人がどれだけ努力しても到達できない領域で
プログラミングをしている。1人の最上級プログラマの価値は、凡人プログラマ100人分
以上に相当するのである。
最上級のプログラマは数学者かアーティストかプロのスポーツ選手に近い存在なのだから、
早熟な人も多く、若くても高い能力を発揮する。当然、給与も石川遼選手並みとはいか
なくても、年功序列などではなく、十分な高給を支払ってしかるべきだ。要するに特別
扱いしなければならない。
このようなことは、ここで書くまでもなくプログラマの間では常識だ。だから、少し前に
話題を呼んだグリーやDeNAの新卒年収最大1500万円や最大1000万円という額に、ガチャ
商法には唖然・愕然としている筆者もまったく驚きはしなかった。両社の経営陣は最上級
のプログラマの価値を正しく認識しているだけなのだ。
古武術系の人は呼吸法について、「カラダの本能的な動きのうち、唯一じぶんでコントロールできるのが呼吸なのです」という。だから、呼吸法に意味があるのだという。その言葉を聞いた当初は、よくわからなかった。
なにがコントロールできるのか、なにがコントロールできないのか。そういう観点で世の中を眺めた経験はそうない。そういう観点でみると、なにがわかるんだろうか。
社
長の成功談で聞く類型のひとつとして、目標はコントロールできる形にしておかなければならない、というものがある。営業職の人に、○○円を売り上げろ、と
いう目標は筋が良くない。売上金額というのは、営業職ひとりでコントロールできるものではないからだ。彼がコントロールできることは、何日間で何人と会
う、とかそういうことだ。
テニスコーチのガルウェイはこう言う。「あなたの打ったボールはどのくらいの距離でアウトしている?」彼は、
「ボールを枠内に入れろ」とは言わない。生徒がコントロールということを理解するための、重要なヒントを提供している。なにが今、コントロールできること
なのか。コントロールするためには、何をわかっていないといけないのか。
コントロールに関する勘違いをなくすことで、生活はだいぶスムーズになるんじゃないかと思う。コントロールできないことについて直接考えない。コントロールの範疇にないものについて、コントロールの影を読み取らない。
わ
れわれが何か悩んでいるとき、そこには自分がコントロールできないものが絡んでいることが多い。初心者が、ボールを枠内に入れようと悩んでも、その点につ
いてのコントロールスキルはないのだから仕方がない。まずは、自分の行った行為が、どういうふうにズレを起こすのか。そこを知るところからだろう。
怒っ
ている人がたくさんいる。他人に、悪意のある振る舞いをされて腹を立てている。たとえば、政治に腹を立てている。ほんとうに、それは悪意なのだろうか?相
手は、そんなに状況をコントロールできるような力があるのだろうか?それは単に無知や無能なのではないだろうか?だとすれば、こちらはどのようにそれに対
して、自分のコントロールの範囲で手を打つべきか?
どうも自然と、自分のこと、世の中のことに対して、人はコントロールを見いだしすぎる
ようだ。そんなにコントロールできることはないし、みんなもそんなにコントロールしていない。コントロールのできる範囲について、冷静に、独自のラインを
見極められる人は、なんか”クール”だ。
2011-05-08
(via mcsgsym)(Source: flatmountain)
Via MCSG SYM公共スペースにおいて他人の写真を撮ることが禁じようとしている風潮について。
無断で写真を撮ることが他人を害する可能性よりも、無断で写真を撮ることが禁じられた社会のほうがはるかに他人を害する可能性が高いと思う。
すべてのイメージ(映像・画像・写真)が警察に独占された監視社会についてもう少し想像してみてほしい
2009-04-02
(via mcsgsym, mcsgsym)鏡の話で思い出したのですが、ぼくの大学時代の友達が、幼稚園に入るか少し前くらいに母親の姿見に映る自分の姿を見てものすごい衝撃を受けたという記憶について話してくれた事があります。
彼は、その時点までは自分自身は肉体を有する一個の人間だという自覚がなく、ただ回りの世界やその中で暮らす人々を眺める純粋な視点として自分を認識していたそうです。 そして、そのとき鏡の中に自分の姿を初めて認めて、「自分もこのような肉体を持った、みんなと同じ人間なのだ。」という事に気がつき、世界がひっくり返るような衝撃を受けたというのです。
– http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/kuroki/color.html2008-09-22 2009-07-17 (via mcsgsym, mcsgsym)
今からおよそ200年前、世界最大の都市といわれた江戸の町で、互いに気持ちよく暮らすために生まれた「江戸しぐさ」は、言葉遣いをとても大事にしていました。もともとが商人のしぐさなので、どんな身分の方にも失礼がなく快い言葉遣いを大切にしています。感情を逆なでするような言葉遣いは、心を乱し、いじめや争いごとをまねくため、やってはいけないしぐさとされていたのです。
江戸しぐさは生活哲学。その会話術も、今の時代に通用するものばかりです。
■戸閉め言葉
「でも」「だって」「しかし」「べつに」「そうは言っても」などと否定して、人の話を途中で遮ったり無視するような言葉で相手をシャットアウトしてしまうことから「戸閉め言葉」といいます。
人の話を最後まで聞かないことは失礼にあたり、謙虚さを大事にする江戸しぐさでは、自己中心的な人とみなされたそうです。
また、自分の話を聞いてくれない人を本能的に避けてしまうため、「戸締め言葉」は相手の言葉を受け入れないばかりか、相手の心を閉ざしてしまう言葉なのです。
■水かけ言葉
人が気持ちよく話をしているのに、「それがどうした?」と冷や水をかけるような冷たい言葉や、「そんなこと知ってるよ」と小馬鹿にしたり、けなすような言葉を「水かけ言葉」といいます。
誰とも付き合わずに暮らしていくことはできませんから、話の腰を折り、人間関係を壊すようなことは慎むべきで、たとえ自分とは縁遠い話題であっても、その場の雰囲気を壊さず聞いているのが、江戸の人々の心得とされていました。
■刺し言葉
「刺し言葉」とは、「だから?」「はーっ?」など、会話を断ち切ってしまうような言い方で人の感情を逆なでしたり、とげとげしい言葉遣いのことで、「胸刺し言葉」ともいいます。こうした言葉が出てくると、会話を続けたいという気持ちもうせてしまうでしょう。
また、「あなたが悪い!」「どうせ他人」のような、反論の余地もないような断定的な言い方も「刺し言葉」とされ、その場の雰囲気だけではなく、人間関係も壊しかねません。
■手斧言葉
手斧(ちょうな)とは、木材を粗削りするための斧のこと。「うるさい」「馬鹿野郎」「殴る」「殺す」といった乱暴な言葉遣いを「手斧言葉」といい、言ってはならない言葉の凶器とされていました。
ただし、江戸の人たちは、そんな乱暴な返答をされるようなことを自分がしたから、そのつけがまわって来たんだととらえ、「手斧言葉」は言われたほうにも非があると考えていたそうです。
(Source: itokonnyaku)
Via MCSG SYM僕は、ノーベル物理学賞などを受賞した大研究者が、目の前で計算ミスをしたり、それを指摘されて気持ちよく感謝の言葉を述べたりするのを、少なからざる回数目にしてきました。
– 大学や専門家の「権威」は失墜したほうが良い:日経ビジネスオンライン (via mcsgsym)(Source: futureisfailed)
Via MCSG SYM先日テレビで、役者さんが、日本では演技にクレームを付ける「ダメ出し」と言うけど、海外ではそうじゃなく、こうしてくれっていう「リクエスト」と言うんだそうで。これは大切だなと思った。けなされると誰だって萎縮する。「お前はここがダメだ」じゃなく「こうすると素晴らしい」のが気持ちいいよね
– ふぁぼったー / hiroki1970 (via mcsgsym) Via MCSG SYM見渡すかぎりMacが並ぶようなカンファレンスでRubyスポンサーになってくれるMicrosoftの度量の広さについて、もっとみんな真剣に考えてみるべきじゃないですかね。
– 「The Final RubyKaigi」2日目 - ただのにっき(2011-07-17) Via 敢えて言うまでもなく


